大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和47年(う)1086号 判決 1975年8月20日

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用のうち、証人田中義範に支給した分は被告人米川清吉の負担とし、証人有塚義雄に支給した分は被告人小出至、同佐々木肇、同仲野弥寿治、同酒井忠一の、証人上野千鶴子に支給した分は被告人小出至、同佐々木肇の、それぞれ連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人出射義夫、同谷口義弘、同梶原正雄連名作成の控訴趣意書(弁護人出射義夫作成の控訴趣意書正誤表により訂正のうえ陳述)記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第一点(控訴趣意書理由要旨第一点、総論六)。

憲法三七条一項違反の論旨について。

所論は、原審の審理において昭和四四年一一月五日の第四六回公判期日から昭和四六年四月七日の第四七回公判期日までの約一年五ケ月間審理が中断されているのは、迅速な裁判を保障する憲法三七条一項の規定に違反し、本件公訴は失効したものというべきであるから、公訴棄却の判決をなすべきであるのにかかわらず、原判決には右の措置に出なかつた違法がある、というのである。

よつて、検討してみるのに、本件記録によると、原審第四六回公判期日から第四七回公判期日までの約一年五ケ月間審理が中断していることは、所論指摘のとおりであつて、それがどのような事情に因るものであるかは明らかでない。ところで、憲法三七条一項は憲法の保障する基本的な人権の一つとして迅速な裁判をうける権利を保障しているものであつて、右の保障に明らかに反し、審理の著しい遅延の結果、迅速な裁判をうける被告人の権利が害せられたと認められる異常な事態が生じている場合には、もはや審理の続行を許さず、これを打ち切るという非常救済手段がとられるべきことをも認めているというべきである。

(最高裁判所昭和四七年一二月二〇日判決、判例集二六巻一〇号六三一頁参照)

そこで、本件の審理について考察するに、右の如く原審が約一年五ケ月間審理を中断していたことは、遅延のそしりを免れないけれども、その間に裁判官が更送したという事情もあること、右第四六回公判までには被告人尋問も含めて検察官側の立証はほぼ終了し、右第四七回公判以後は主として被告人側の反証の取調べに移つているという審理経過並びに右中断の期間中被告人側としても審理促進に関する申出をした形跡はなく消極的な態度であつたこと、本件事案の内容、右審理中断の期間等を総合して勘案すると、審理の著しい遅延の結果もはや審理を進めても真実の発見が困難であり公正な裁判も期待し難く、いたずらに被告人の不利益を増大させるため、審理打ち切りの非常救済手段を用いるべきであるという程の異常な事態が生ずるに至つていたとは認められない。

従つて、原判決が、所論の如く本件公訴は失効したものとして公訴棄却の判決をなす措置に出なかつたことが、憲法三七条一項の規定に違反した違法なものであるとは思料されない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二点(控訴趣意書理由要旨第三点、総論五)。

訴訟手続法令違反の論旨について。

所論は、要するに被告人等の検察官に対する各供述調書は、任意性並びに信用性(特信情況)に欠けるもので、証拠能力を有しないものであるのにかかわらず、原判決が、各被告人の自供並びに相被告人に対する相互補強証拠として、原判示各事実を認定する証拠に採用しているのは、明らかに刑事訴訟法三二二条および三二一条一項二号に違反した違法がある、というのである。

(一)  所論は、まず被告人小出至、同佐々木肇は法定外文書頒布(原判示第四の事実)の被疑事実により、被告人仲野弥寿治は、事前選挙運動(原判示第五の(一)の事実)の被疑事実により、それぞれ逮捕、勾留されて捜査官の取調を受けたものであるが、右法定外文書頒布および事前選挙運動の各被疑事実の取調というのは口実に過ぎず、捜査の本来的な目途は右各被告人に対する選挙買収容疑の見込み捜査にあつたもので、そのことは右逮捕、勾留の当初において右法定外文書頒布および事前選挙運動の各被疑事実の取調を終つておりながら被告人等に対する勾留を続け、もつぱら右買収容疑の事実(原判示第一、第三の事実)等についての取調がなされていることに照らしても明らかであつて、右は所謂別件逮捕、勾留による取調というべきであり、従つて右各被告人の右買収事実についての検察官に対する各供述調書は任意性の要件を欠く証拠能力のないものである、と主張しているので、考察してみるのに、本件記録中の右各被告人に対する各逮捕状および勾留状、各被告人の司法警察員並びに検察官に対する各供述調書、原審証人生駒啓、同荒川洋二、同西脇幸太郎、同一ノ木武作、同原田武男、同関口輝雄、同田中義範、同東井楢三郎の各証言に徴すると、被告人小出至、同佐々木肇については右法定外文書頒布の被疑事実が、被告人仲野弥寿治については右事前選挙運動の被疑事実が、それぞれ端緒となつて捜査が開始され、右各被告人は右各被疑事実により逮捕、勾留されたこと、そしてさらに同被告人等に対する右各買収の事実に対する捜査が進められたが、それについては別個に勾留状を請求することなく、所謂余罪として捜査がなされたこと、右法定外文書頒布、事前選挙運動の被疑事実の取調は早急に終り、その後はもつぱら右買収の被疑事実についてのみ取調がなされていたというものでもなく、やや並行した形で取調が行われていることが窺知されるのであつて、右に照らすと、たまたま証拠資料を収集し得た右法定外文書頒布、事前選挙運動の被疑事実に藉口して右被告人等を逮捕、勾留し、これを利用して結果的には右買収の被疑事実で逮捕、勾留して取調べたのと同様の実を挙げようとする所謂別件逮捕、勾留による見込捜査の方法を用いたものとは思料されない。

よつて、右の別件逮捕、勾留による見込捜査であることを前提として、右買収の事実に関する右被告人等の検察官に対する各供述調書の証拠能力は否定すべきであるとする右主張は採用できない。

(二)  次に所論は、被告人小出至、同佐々木肇、同仲野弥寿治、同酒井忠一、同米川清吉の検察官に対する各供述調書は、同被告人等の司法警察員に対する供述調書がその前提となり根拠となつているものであるところ、右調書は取調警察官による強制、誘導によつて供述がなされているものであるから、右検察官に対する各供述調書も任意性を欠いた証拠能力のないものである。即ち、被告人小出至、同佐々木肇、同仲野弥寿治、同酒井忠一は、いずれも逮捕、勾留されて警察官および検察官の取調を受けたものであるが、被告人小出至、同佐々木肇、同仲野弥寿治は、検察官の取調をうける前に警察官によつて警察における供述のとおりに供述することを指示され、その供述内容を復唱させられたこと、被告人小出至、同仲野弥寿治は、警察における取調当時弁護人との接見を妨害されたこと、被告人仲野弥寿治は、警察官による取調の途中で警察署の留置場から拘置所へ移監され心理的圧迫を加えられたこと、被告人小出至、同佐々木肇は、選挙買収の事実につき、金員の供与について互に意思連絡して共謀したことはない旨陳述するのに対し、被告人佐々木肇が被告人小出至の了解を得ないまま独断で右金員の支出をしたものであれば、横領になると取調警察官から脅かされて右共謀を肯定する供述を強いられ、あるいは右買収を否定するのであれば、右被告人等が支援し本件参議院議員選挙に立候補当選した西村尚治を取調べなければならないと申し向け、これを回避したいと願つている同被告人等に右買収を肯認する供述を強制したこと、被告人米川清吉については、同被告人が選挙買収の金員受供与の被疑事実について否認するのに対し、取調警察官において、大本教本部の参事である同被告人に、右大本教の総長で教主の夫である出口栄二を呼び出して取調べると申し向け、右出口栄二に取調が波及することを恐れている同被告人に右受供与の事実を認める供述を強制したこと、本件取調当時被告人小出至、同仲野弥寿治は下痢を患い、被告人酒井忠一は糖尿病を患つていて、健康を害していたことも手伝い、取調警察官の追及に対して自己の真意をあくまでも主張する気力を失つたこと等に照らし、右各供述調書が任意性のないものであることは明らかである、と主張しているので、考察してみるのに、被告人等の司法警察員並びに検察官に対する各供述調書に被告人小出至を取調べた警察官西脇幸太郎、被告人佐々木肇を取調べた警察官一ノ木武作、被告人仲野弥寿治を取調べた警察官原田武男、同東井楢三郎、同関口輝雄、同田中義範、被告人酒井忠一を取調べた警察官原田武男、被告人米川清吉を取調べた警察官藤原仁吉、被告人小出至、同佐々木肇、同仲野弥寿治、同米川清吉を取調べた検察官生駒啓、被告人小出至、同佐々木肇、同仲野弥寿治、同酒井忠一を調べた検察官荒川洋二の原審における各証言を総合して勘案すると、右被告人等に対する警察官および検察官の取調が並行して行われる時期はあつたものの、検察官の取調が全く警察官の取調に依拠して重複的になされていたものではなく、やはり独自の立場において行われていたものであること、右主張の如く検察官の取調に際し警察官が右被告人等に警察における取調のとおり供述することを指示したり、また検察官が取調の途中で同一の事項について再度警察官に差し戻して取調をさせるというようなことがあつたものとは認め難いこと、被告人小出至、同仲野弥寿治に対し、同被告人等と弁護人との接見を不当に妨害、制限していたとは認められないこと、被告人小出至、同佐々木肇、同米川清吉に対し、右主張の如き強制がなされたものとは認めえないこと、被告人仲野弥寿治を取調の途中で警察署の留置場から拘置所に移したことが、とくに心理的な圧迫を加える意図でなされたものとも思料し難いこと、被告人小出至、同仲野弥寿治、同酒井忠一が右主張の如く健康を害していたことは認められるものの、そのため警察官の取調に対して任意の供述ができなかつたものであるとまでは思料できないことが、それぞれ首肯され、右に加えて被告人等の右各供述調書の供述内容を考究すると、右供述にその任意性を疑わしめるに足りるものは未だ存しないといわざるをえない。右主張にそう被告人等の原審並びに当審公判廷における各供述と対比するも未だ右認定を動かすに足りない。よつて右主張も採用できない。

(三)  さらに所論は、右被告人等の検察官に対する右各供述調書は、相互に矛盾が多く、また取調官において右自白を偏重し過ぎてその裏付捜査が不十分であること等から、信用性(特信情況)に欠けるものであると主張しているので、考察してみるのに、右各供述には変遷があり、かつ被告人等相互の間で必ずしも一致していない点が存することは認められるものの、右買収の事実に関する共謀、金員あるいは物品授受の趣旨、右法定外文書の頒布および事前選挙運動に関すること等十分首肯するに足りるものであり、右各供述を仔細に検討するもその信用性に欠けるところはなく、これに対比して右に反する被告人等の原審公判廷における各供述は、不合理、不自然な疑いがあり未だ首肯し難い。また被告人等の検察官に対する右各供述が、取調官による自白偏重のためその裏付捜査が不十分であつて、その信用性に欠けるところがあるものとも思料されない。よつて、右主張も採用できない。

従つて、被告人等の検察官に対する右各供述調書に、任意性および信用性(特信情況)があるとして、これを証拠に採用した原判決に、所論の如き訴訟手続違反の違法があるものとは認められない。論旨は理由がない。

(四)  なお、所論は、原判決には、被告人または弁護人が証拠とすることに同意していない細見貢、木村鐘一、梅垣格の検察官に対する各供述調書を、被告人仲野弥寿治に対する事前選挙運動の事実(原判示第五の(一)の事実)および法定外文書頒布の事実(原判示第五の(二)の事実)に対する証拠として挙示している違法があるというのであるが、右細見貢の検察官に対する供述調書は証拠に挙示していないことが原判決に徴して明らかであり、右木村鐘一および梅垣格の検察官に対する各供述調書は、右各供述調書の検号証番号と原審第三回公判調書並びに第一四回公判調書に照らし、検察官より請求証拠目録の請求番号50の2、50の3の書証として取調請求がなされ、被告人および弁護人がこれに同意して証拠調されているのではないかと思料されるのであるが、かりに右証拠調がなされておらず、従つて右各供述調書を証拠に挙示している原判決に違法の点があるとしても、右各供述調書を除くその余の原判決挙示の各証拠によつて右事前選挙運動並びに法定外文書頒布の各事実(原判示第五の(一)および(二)の事実)が優に肯認されるので、右の違法は未だ判決に影響をおよぼすものではない。

控訴趣意第三点(控訴趣意書理由要旨第二点、第四点、第五点、第六点、総論二、三、七、各論第一節、第二節)。

選挙買収の事実(原判決第一、第二(一)、(二)、第三の(一)乃至(四)の事実)に対する事実誤認の論旨について。

所論は、(一)まず被告人小出至、同佐々木肇、同仲野弥寿治に対する原判示第一および被告人米川清吉に対する原判示第二の(一)の金五万円の授受は、大本教本部参事兼庶務部長の被告人米川清吉を介し右大本教への寄進としてなされたものであり、それは本件参議院議員選挙に立候補予定の西村尚治の後援会会員募集等の活動につき協力方を依頼する趣旨を含んでいたが、原判示認定の如く右西村尚治に当選を得しめる目的をもつて、同人のため投票取りまとめ等の選挙運動を依頼し、その費用並びに報酬の趣旨で授受されたものではないのに、原判決が、これを肯認し、また原判示第二の(二)の被告人米川清吉が平和新吉から供与を受けた清酒二本は、社交上の儀礼として受領したに過ぎないものであるのに、これについても右同様投票取りまとめ等を依頼された謝礼の趣旨であるとしているのは、明らかに事実を誤認している、と主張するので、考察してみるのに、およそ後援会活動というのは被後援者の文化的社会的活動あるいは政治的勢力の擁護支援という目的のもとになされるものであり、選挙地盤の拡張ということも、それが後援会活動と目される限り選挙運動にはあたらない。これに対して、選挙運動とは、特定の選挙において特定の候補者のため、投票を得る目的をもつて、直接または間接に選挙人に働きかける必要かつ有利な行為をいうもの(最高裁判所昭和三八年一〇月二二日決定、判例集一七巻九号一七五五頁参照)と解されるところ、原判決挙示の被告人小出至の検察官に対する昭和四〇年七月三〇日付、同月三一日付、被告人佐々木肇の検察官に対する昭和四〇年七月二九日付、被告人仲野弥寿治の検察官に対する昭和四〇年七月二四日付、同月二八日付、被告人米川清吉の検察官に対する昭和四〇年七月二二日付、平和新吉の検察官に対する昭和四〇年七月二八日付各供述調書等関係各証拠によると、昭和四〇年七月四日に施行された参議院議員通常選挙に、もと郵政事務次官西村尚治が立候補当選したこと、同人は郵政省在職当時特定郵便局制度護持の態度を堅持し、右制度の廃止を主張する全国逓信労働組合と対決する立場をとつていたことから、昭和三九年六月郵政事務次官を退職直後被告人小出至が会長をしている全国特定郵便局長会(以下全特会と略称する)に顧問として迎えることになつたが、被告人小出至および全特会の下部組織の地方会である近畿特定郵便局長会(会長被告人小出至、以下近特会と略称する)の事務局長の被告人佐々木肇、特定郵便局長で近特会所属の丹波地区会長の被告人仲野弥寿治、有馬簡易保険保養センター所長の被告人酒井忠一は、いずれも右西村尚治を特定郵便局制度の擁護者として自分等の利益代表という趣旨で国会議員に選出することを念願していたが、昭和三九年一〇月頃同人が翌四〇年七月四日施行の参議院議員選挙に全国区から立候補する意向を示すに至つたので、被告人等は右西村尚治の当選を目指して、その支援活動を活溌に行うようになつたこと、右西村尚治の後援会は郵政省関係の退職者を中心として昭和三九年七月頃結成されていたが、被告人等は右とは別に全特会として右支援活動を行つていたもので、その活動は右選挙における右西村尚治の当選を図るため、投票獲得を目途としていたものであること、昭和三九年一一月頃大本教総長出口栄二と親しい物部郵便局長の平和新吉と被告人仲野弥寿治の間で、大本教に働きかけて同教信者の投票を集めることの話合いがなされ、被告人仲野弥寿治から被告人佐々木肇、同小出至にその旨の連絡をし、同人等も賛同したこと、そこで、昭和四〇年一月二四日右西村尚治に同行して被告人小出至、同佐々木肇が大本教本部所在の綾部市に赴き、同市内の小西屋旅館で被告人仲野弥寿治、平和新吉と落ち合つたうえ、同旅館に被告人佐々木肇を残して被告人小出至、被告人仲野弥寿治、平和新吉が右西村尚治とともに大本教本部を訪れ、右出口栄二および同人の妻の教主に会い接待を受けたが、その際被告人米川清吉も挨拶に来たこと、右小西屋旅館に戻つてから右各被告人等の間で右大本教本部に対し、まもなく挙行される節分大祭の機会に寄進名下に金員を提供することを話し合い、一応金額は三万円と決めたこと、その後被告人仲野弥寿治から右金額を五万円にしてはどうかとの提案がなされ、とりあえず同被告人は近特会事務局で被告人佐々木肇から三万円を受領のうえ二万円を補足して金五万円を同年一月三〇日被告人仲野弥寿治、平和新吉が右大本教本部に赴き被告人米川清吉に手渡して供与したこと、右金員は被告人米川清吉を通じて大本教信者からの投票獲得を図り、その費用および謝礼の趣旨で供与されたもので、被告人米川清吉も右の趣旨を了承していたものであること、その後平和新吉の申出に応じて被告人米川清吉は大本教信者の有力者の氏名を記載した名簿を同人に手交したこと、被告人米川清吉は右平和新吉から、昭和四〇年四月上旬頃同被告人方において、右の如く投票獲得のための便宜を受ける謝礼として提供された清酒二本を受領して、その供与を受けたこと、なお被告人小出至は右供与の金額が三万円から五万円になつたことを事後に被告人佐々木肇から聞いてこれを了承し、被告人佐々木肇から被告人仲野弥寿治に同人が補足した右二万円の補填をなしたことが、それぞれ認められるのであつて、右各事実に徴すると、原判示第一および第二の(一)の事実における金五万円および原判示第二の(二)の事実における清酒二本の授受が、原判示認定の如く投票取りまとめ等の選挙運動を依頼しその費用ならびに報酬としてなされたものであることが明らかであるといわざるをえない。右認定に反し所論の右主張にそう右被告人等の原審並びに当審公判廷における各供述は、前示各証拠と比照して未だ信用するに足りない。よつて、原判決に所論の如き事実誤認が存するものとは思料されないので、右主張は採用できない。

(二) 次に、所論は、被告人小出至、同佐々木肇、同酒井忠一に対する原判示第三の(一)乃至(四)の島根、岡山、兵庫、山口各県の天理教教区長に対する各金二万五千円宛の金員の供与は、いずれも天理教に対する寄進としてなされたものであつて、右西村尚治の後援会会員募集の活動について協力方を依頼する趣旨を含んでいたが、原判示認定の如く、右西村尚治に当選を得しめる目的をもつて同人のため投票取りまとめ等の選挙運動を依頼し、その報酬の趣旨で供与したものではないのに、原判決がこれを肯認しているのは、明らかに事実を誤認していると主張するので、考察してみるのに、原判決挙示の被告人小出至の検察官に対する昭和四〇年七月三一日付、被告人佐々木肇の検察官に対する昭和四〇年七月二九日付、同年七月三一日付、被告人酒井忠一の検察官に対する昭和四〇年七月二四日付、同年七月二九日付、同年八月一日付各供述調書、安野高士、植田五郎、十倉一雄、弘長義誠の検察官に対する各供述調書等関係各証拠によると、昭和三九年一一月頃天理教本部に被告人酒井忠一の知人があることから、同被告人および被告人小出至、同佐々木肇の間で、天理教に働きかけて右西村尚治のため同教信者から投票を獲得することの相談がなされたうえ、同年一二月六日頃同被告人等が右西村尚治を案内して天理市所在の天理教本部に赴き、同本部真柱が不在であつたので室長の堀越儀郎に会つて右西村尚治が立候補する旨の挨拶をしたこと、その後天理教本部より同教会関係での右西村尚治の選挙運動地区として島根、岡山、兵庫、山口の各県の教区の推せんを受けたので、被告人酒井忠一が右西村尚治の代参として挨拶廻りをすることとなり、右被告人等で協議のうえ、その際寄進名下に金員を提供することとし、原判示の如く被告人酒井忠一より右各教区長に各金二万五千円宛を供与したこと、右金員は投票取りまとめ等の選挙運動を依頼し、その報酬とする趣旨で供与されたものであることが、それぞれ認められる。右認定に反し、所論の右主張にそう右各被告人の原審並びに当審公判廷における各供述は、右各証拠に比照して未だ信用するに足りない。よつて、原判決に所論の如き事実誤認が存するものとは認められないので、右主張も採用できない。

(三)  さらに所論は、右大本教関係および天理教関係の各金員の供与が、投票取りまとめ等の選挙運動を依頼し、その報酬としてなされたものであるとしても、被告人小出至は右各供与につき共謀者として共同正犯の関係にあるものではないと主張しているが、同被告人が共謀共同正犯者としての刑責を免れえないものであることは、前示各説示に照らして明らかである。

控訴趣意第四点(控訴趣意書理由要旨第二点、第六点、第七点、総論四、七、各論第三節)。

法定外文書頒布の事実(原判示第四、第五の(二)の事実)に対する事実誤認並びに法令適用違背の論旨について。

所論は、(一)、まず原判示第四および第五の(二)の法定外文書頒布の各事実につき、右は無証紙の選挙用ポスターを配布したという事案であるが、第四については近特会会長の被告人小出至、同会事務局長の被告人佐々木肇より近特会所属の各地区会長に、第五の(二)については丹波地区会長の被告人仲野弥寿治より同地区会所属の各部会長に配布したというものであつて、右ポスター掲示のためには、右部会長よりさらに同部会所属の各特定郵便局長に配布することが必要であり、右の近特会本部より各地区会長へ、また地区会長より各部会長へ配布される段階は、未だ準備過程に過ぎないものであり、また右各配布を受けた者は特定の少数人に過ぎず、さらにポスターと証紙は別個になつていて貼付されておらず、無証紙のポスターというのは単に計数上考えられるにすぎないものであつたから、右は未だ頒布というのにはあたらないものである。しかるに原判決が、頒布に該当すると認定しているのは、公職選挙法一四二条、二四三条三号所定の頒布の解釈適用を誤つた違法がある。というのである。

よつて検討してみるのに、右ポスターの配布について、現に配布を受けた者が特定の少数人に過ぎないことは、所論指摘のとおりであるが、かかる場合でも、その者を通じて当然もしくは成行上不特定または多数人に配布されるべき情況のもとになされた以上公職選挙法一四二条、二四三条三号所定の頒布に該当すると解すべきである。(最高裁判所昭和三六年三月三日判決、判例集一五巻三号四七七頁参照)そして近特会本部から各地区会長へ、地区会長から各部会長への本件無証紙ポスターの配布が、右の如く当然もしくは成行上不特定または多数人に配布されるべき情況のもとになされたものであることは原判決挙示の関係各証拠によつて明らかであるから、所論の如くそれが単なる準備過程にとどまり頒布に至つていないものであるとは首肯できない。また右ポスターおよび証紙は別個になつていて、未だポスターに証紙が貼られておらず、無証紙分のポスターの枚数は、単に計数上のものに過ぎないとしても、法定外文書の特定は、右の程度で足りているものというべきである。

よつて、右主張は採用できない。

(二)  次に所論は、右無証紙ポスターは、ポスターが毀損した場合の予備用並びに屋内に掲示する室内用として使用するためのものであつて、右の如きは公職選挙法一四二条、二四三条三号で頒布を禁止している法定外文書に該らないというのであるが、原審で取調べた東京都所在の西村尚治後援会事務所より大阪後援会事務所の責任者竹内登に送付された右ポスター掲示に関する連絡文書並びに同人より近特会所属の各地区会長宛に送付された同連絡文書、証人竹内登の原審第六回公判調書中の供述によると、右予備用というのは、証紙を貼つたポスターが毀損した場合に、証紙をはがして新に貼付して使用するためのものを意味していること、また右室内用というのは、右ポスターの配布を受けた特定郵便局長がその居宅内に貼付掲示することを予定していたものであるが、右はその家族あるいは来客等が閲覧して右選挙用ポスターの内容を了知する状態に置かれるものであることが認められるのであつて、右に徴すると、証紙を貼付するまでに毀損したポスターは格別右の無証紙ポスターを右の如き予備用あるいは室内用として使用するために配付することは、右法定外文書の頒布にあたるというべきであつて、それは原審証人桐谷良平の証言に照らしても明らかである。

(三)  さらに所論は、被告人小出至は、原判示第四の法定外文書の頒布につき何等関知しておらず、同判示の被告人佐々木肇、竹内登と共同正犯の関係にあるものではない、と主張しているが、右の事実に関する原判決挙示の被告人小出至、同佐々木肇の検察官に対する各供述調書等関係各証拠によると、右頒布につき被告人小出至が共謀共同正犯者の刑責を免れないものであることが明らかであるから、右主張も採用できない。

よつて、原判決に所論の如き事実誤認並びに法令適用違背の違法があるとは認められない。論旨は理由がない。

控訴趣意第五点(控訴趣意書理由要旨第二点、第八点、各論第四節)。

事前選挙運動の事実(原判示第五の(一)の事実)に対する事実誤認並びに法令適用違背の論旨について。

所論は、被告人仲野弥寿治に対する原判示第五の(一)の事前選挙運動の事実につき、同被告人が同判示の西村尚治後援会趣意書と印刷した短冊型ビラを吉田五郎等四名に手交したのは、右西村尚治の後援会活動として行つたもので原判示認定の如き選挙運動としてなしたものではない。かりに選挙運動の趣旨で行われたとしても、右は右吉田五郎等特定少数の共謀者との間になされた準備的行為に過ぎないものであるのに、原判決が右被告人仲野弥寿治に対し本件事前選挙運動罪の成立を肯認しているのは、事実を誤認し、かつ公職選挙法一二九条、二三九条一号所定の選挙運動の解釈適用を誤つたものである、というのである。

しかし、右の事実に関する原判決挙示の各証拠によると、右ビラの手交は、原判示認定の如く右西村尚治に本件選挙についての当選を得しめる目的で、同人の氏名を選挙人多数に知らせて投票を獲得するため、その配付方を依頼する意図のもとになされたもので、それが選挙運動に該当することは明らかであり、また右ビラの手交が、右の如き目的のもとに、かつ右吉田五郎等を通じて当然もしくは成行上不特定多数の選挙人に配布されるべき情況下になされたものであることが認められるのであつて、所論の如く共謀者間における準備的行為に過ぎないものとは首肯されない。

よつて、原判決に所論の如き事実誤認並びに法令適用違背の違法があるとは認められないので、論旨は採用できない。

控訴趣意第六点(控訴趣意書理由要旨第九点、各論第五節)

量刑不当の論旨について。

所論は、被告人等に対する原判決の各量刑は、いずれも重きに失した不当なものであるというのである。

しかし、記録を精査し当審における事実取調の結果も参酌して検討するに、被告人等の本件各公職選挙法違反の犯行の罪質、態様、被告人等が右犯行に及んだ動機、経緯を考究すると、被告人等には従来なんらの前科、前歴もないこと、その他被告人小出至、同仲野弥寿治、同酒井忠一については退職手当金の支給が受けられなくなり、同被告人等および被告人佐々木肇については退職年金が減額される等社会的な制裁も受けるものであること等諸事情を勘案しても、各被告人に対する原判決の科刑が未だ重きに過ぎた不当なものであるとは思料されない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、当審における訴訟費用につき同法一八一条一項本文、一八二条を適用して、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例